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前橋地方裁判所 平成7年(わ)585号 判決 1996年3月14日

主文

被告人Aを懲役二年に、被告人Bを懲役一年にそれぞれ処する。

被告人Aに対し、この裁判確定の日から五年間その刑の執行を猶予する。

被告人Aから、押収してある捜査報告書一通(平成八年押第七号の1)の虚偽記載部分を、被告人Bから、押収してある自動装てん式けん銃一丁(同押号の2)、薬きょう五個(同押号の3)及び弾頭五個(同押号の4)をそれぞれ没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人Aは、群馬県警部補であり、前橋警察署生活安全課保安担当係長として同係長C警部補、同主任D巡査部長らとともに覚せい剤等の薬物事犯やけん銃等の銃器事犯等の捜査を担当していたものであるが、前橋警察署におけるけん銃押収の努力目標数が年間四丁であるのに、平成七年に入って同署でけん銃を押収した実績はなく、何とかしてけん銃を押収したいと考えていたところ、覚せい剤取締法違反容疑により逮捕した暴力団幹部である被告人Bが、自己の保釈の面倒も見て貰えるのではないかなどと考えて、知人を介してけん銃等を入手し、亡兄Eの隠匿品として提出する旨を申し出たことから、被告人Aはこれを押収することにし、

第一  被告人両名は、Fらと共謀の上、法定の除外事由がなく、かつ、都道府県知事の許可を受けず、平成七年七月一五日午前零時一〇分ころ、横浜市緑区《番地略》甲野物産株式会社中古重機車両展示場敷地内において、Gから、代金五〇万円で自動装てん式けん銃一丁(平成八年押第七号の2)及び火薬類であるけん銃実包五発(同押号の3及び4はその鑑定後のもの)を譲り受け、

第二  被告人Aは、C及びDと共謀の上、同月二六日、前橋市《番地略》群馬県前橋警察署生活安全課事務室において、行使の目的をもって、ワードプロセッサーを使用して、白紙に、「銃砲刀剣類所持等取締法違反及び火薬類取締法違反被疑事件の捜査について」と題し、真実は前記のとおり他から自動装てん式けん銃一丁及びけん銃実包五発を買い受けて入手したものであるのに、「覚せい剤取締法違反事件で取り調べたBの供述に基づき、平成七年七月一七日、長野県佐久市大字鳴瀬八九九番地伊豆箱根三島神社本堂床下において、同人の実兄Eが隠匿しておいた自動式けん銃一丁及び実包五発を発見して領置したので、けん銃等の鑑定を実施し、Eに対する銃砲刀剣類所持等取締法違反事件等を立件する必要がある。」旨の内容虚偽の事実を記載し、その作成者の群馬県前橋警察署司法警察員警部補の記載の下にA、その左横の右同の記載の下にC、その左横の司法警察員巡査部長との記載の下にDといずれも黒色ボールペンで記入或いは署名し、その各名下に「A」、「C」、「D」と刻した印鑑をそれぞれ押捺して、内容虚偽の公文書である捜査報告書一通(前同押号の1)を作成した上、即日、同市大手町三丁目一番三四号前橋簡易裁判所において、同裁判所裁判官飯塚樹に対し、右の自動装てん式けん銃一丁及び火薬類である実包五発の鑑定処分許可請求をするに当たり、その請求書に添えて内容虚偽の公文書である右捜査報告書をその内容が真実であるかのように装って提出して行使したものである。

(証拠の標目)《略》

(累犯前科と確定裁判)

被告人Bは、(1)平成二年五月三一日長野地方裁判所佐久支部で道路交通法違反罪、公務執行妨害罪、傷害罪により懲役一〇月(三年間執行猶予、平成三年八月一三日右猶予取消し)に処せられ、平成五年六月一日に右刑の執行を受け終わり、(2)右猶予の期間中に犯した覚せい剤取締法違反罪により平成三年七月一八日長野地方裁判所佐久支部で懲役一年に処せられ、平成四年八月一日右刑の執行を受け終わり、(3)平成七年九月七日前橋地方裁判所で覚せい剤取締法違反罪により懲役一年一〇月に処せられ、右裁判は同年一〇月三一日確定したものであって、右各事実は検察事務官作成の前科調書並びに右(2)の判決書謄本によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人両名の判示第一の所為のうち、けん銃を譲り受けた点は刑法六〇条、銃砲刀剣類所持等取締法三一条の四第一項、三条の一〇に、実包を譲り受けた点は刑法六〇条、銃砲刀剣類所持等取締法三一条の九第一項、三条の一二、その許可を受けなかった点は刑法六〇条、火薬類取締法五九条四号、一七条一項に、被告人Aの判示第二の所為のうち、虚偽有印公文書作成の点は刑法六〇条、一五六条、一五五条一項に、同行使の点は同法六〇条、一五八条一項、一五六条、一五五条一項にそれぞれ該当するところ、判示第一のけん銃譲受け及びけん銃実包の無許可譲受けは一個の行為で三個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として最も重いけん銃譲受けに係る銃砲刀剣類所持等取締法違反罪の刑で処断することとし、判示第二の虚偽有印公文書作成とその行使との間には手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段、一〇条により一罪として犯情の重い虚偽有印公文書行使罪の刑で処断することとし、被告人Bについては、前記の前科があるので、同法五六条一項、五七条により再犯の加重をし、被告人Aについては、判示第一及び第二の各罪が同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、被告人Bについては右が前記確定裁判のあった覚せい剤取締法違反罪と刑法四五条後段の併合罪であるから、同法五〇条によりまだ裁判を経ない判示銃砲刀剣類所持等取締法違反及び火薬類取締法違反罪について更に処断することとし、それぞれその刑期の範囲内で被告人Aを懲役二年に、被告人Bを懲役一年にそれぞれ処し、なお被告人Aにつき情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予することとし、押収してある捜査報告書一通(平成八年押第七号の1)の虚偽記載部分は、判示第二の虚偽有印公文書行使の犯罪行為を組成した物で、何人の所有をも許さないものであるから、同法一九条一項一号、二項本文を適用して被告人Aからこれを没収し、押収してある自動装てん式けん銃一丁(同押号の2)は判示第一のけん銃譲受けの犯罪行為を組成した物であり、押収してある薬きょう五個(同押号の3)及び弾頭五個(同押号の4)は、いずれも判示第一のけん銃実包譲受けの犯罪行為を組成した物であって、いずれも被告人B以外の者に属しないから、同法一九条一項一号、二項本文を適用して被告人Bからこれらを没収することとする。

(量刑理由)

一  本件は、現職の警部補が、勾留中の被疑者である暴力団幹部と結託し、その知人を介して、けん銃一丁と実包五発を不正に譲り受け、その鑑定処分許可状の発付を得るため、右けん銃等をあたかも神社本堂の床下から発見・領置したかのような内容虚偽の捜査報告書を作成して裁判所に提出・行使した事案である。

二  近時、けん銃を使用した凶悪犯罪が多発しており、その防あつが深刻な社会問題となり、その摘発に当たる警察官に対し、けん銃事犯に敢然と対処して厳正な捜査をすることが強く求められている。

しかるに、前橋警察署生活安全課係長として第一線の捜査を担当している被告人Aらは、けん銃捜査のためとはいえ、勾留中の被疑者であった被告人Bを取調べと称して取調室に呼び入れ、煙草や飲み物を与えて雑談に応じたり、自由に外部と電話連絡をさせ、更には、勾留中の内妻らに引き合わせるなど破格の優遇をし、長野県佐久警察署で逮捕状を得て捜査に着手している右内妻の覚せい剤使用被疑事件については、同署の捜査が被告人Bにまで及ばないように両名に口裏を合わせるよう入れ知恵をし、被告人Bの保釈についても面倒をみると誤解させる態度をとってまでして、被告人Bにけん銃等を調達して提出する決意をさせている。その捜査方法は、警察官の職責を著しく逸脱する違法なものであることは明白であり、それ自体厳しい非難を免れない。

そして、被告人Aは、被告人Bがけん銃等を調達するに当たって、その知人らを引き合わせ或いは電話連絡の便宜をはかり、その際、同人らに対しおとり捜査で逮捕するようなことはしないと約束するなど、被告人Bがけん銃等を調達できるように口添えをして、被告人Bに六〇万円を自己負担させてけん銃一丁と実包五発を譲り受けさせる判示第一の犯行に及んだ。

その後、被告人Aは、被告人Bを連れ出して、右けん銃等の発見・領置の偽装工作をし、その際、記念写真を撮ったり、或いは、同人の希望する食物をとらせ、ビールまで飲ませるなどしている。

一線で銃器犯罪の捜査に当たっている警察官が、このようにして、勾留中の暴力団幹部と癒着し、けん銃等の取引きにかかわったことは、その際の関係者らに対し警察の捜査に強い不審感を植え付けたと共に、けん銃の社会への蔓延を助長する行為をしたといえるのである。また、これが発覚したことにより、勾留中の他の被疑者・被告人に対し、同人らの捜査にも疑惑を招いたとともに、司法関係者ばかりか一般国民に対して警察のけん銃捜査に対する信頼を著しく失墜させた。

被告人Bは、留置中の自己及び内妻の待遇を良くさせようとして、自己がけん銃を所持しているかのような素振りをし、或いは、その情報を提供するなどして担当警察官の気を引き、右のような破格の優遇をさせた上、服役する前に保釈で出たいとして、自己の保釈についても警察官が面倒を見てくれるものと甘く考えて、けん銃等を調達して提出すると話を持ちかけ、現職警察官を巻き込んで、判示第一の犯行を引き起こした。

そして、被告人Bは、自らけん銃等の購入方法を知人に働きかけ、その購入資金も用立てるなどし、積極的に本件犯行を遂行して重要な役割を果たした。また、被告人Bは、自己に刑事責任が及ばないように、入手したけん銃等を亡兄の隠匿品とする偽装工作を申し出ている。

なお、本件けん銃等の譲受けについては、これが社会にさらされて本来の用途に使用される危険性が殆どないまま、犯行後正規に押収され、結果的には一般社会に放置されていたけん銃等を警察で領置することができた。

三  加えて、被告人Aは、右けん銃等の鑑定書を得ておくため、同僚の警察官二名と共謀の上、自己らが入手したけん銃等であるのにその情を秘し、亡Eが隠匿していたものを発見・領置した旨内容虚偽の捜査報告書を作成して、鑑定処分許可請求書と共に裁判官に提出・行使する判示第二の犯行に及んでいる。

これもまた警察官の作成した捜査関係書類に対する公の信用を著しく損ねた悪質な犯行であり、これを提出して裁判所を欺いたことは言語道断であるばかりか、これが、捜査機関からの書証による令状請求及びその審査の信用性、ひいては裁判所の発付する諸令状に対してもあらぬ疑いを招き、刑事司法の根幹を揺るがしかねないものである。本件犯行に及んだ被告人Aらの刑事責任は誠に重い。

四  被告人Aは、県警本部から転出した先の群馬県警察の筆頭警察署である前橋警察署保安係において平成七年に入ってけん銃を押収した実績がなかったことから、同係の責任者の一人として、けん銃の摘発に鋭意努力していたのであるが、功名心から、勾留中の被疑者に対し、警察官としての職責を著しく逸脱する違法な便宜供与をしたばかりか、被疑者と結託し、同僚や部下まで巻き込んで本件犯行に及び、警察捜査に対する信頼を著しく失墜させるなどしたのであり、その刑事責任は重大である。

しかし、被告人Aには、むろん前科前歴もなく、これまで群馬県警察官としてその職務に専念し、他の警察官に抜きんでる成績を上げてきたこと、本件各犯行については、詳細に自供し、深く反省していること、当然のこととはいえ本件により懲戒免職処分となって、これまで鋭意努力して築き上げてきたものが全て水泡に帰したばかりか、被疑者・被告人として取調べや審理を受ける苦痛を味わい、本件が大きく報道されて自己の信望も失墜するなどの社会的制裁を受けていること、現在では新たな職に就いて再起を誓っており、雇用主も援助を申し出ていること、本件のごとき重大な不祥事の発生を防ぎ得なかったことについては、けん銃押収努力目標数を設定し、その数値を達成することに目を奪われて、けん銃等に関する捜査、取調べや証拠物押収の実態に十分な関心を持とうとせず、今回の行為について署内で誰一人これを制止できなかったことに如実に表れているように、部下或いは同僚の違法ないし不当な扱いを見過ごしてきた警察内部の体質の問題性も厳しく指摘せざるを得ないのであって、本件違法捜査について被告人Aのみを責めるのは酷に失するとも思われることなどの諸事情も認められる。

五  被告人Bは、前示累犯前科二犯を含む暴力団員特有の前科五犯、前歴一回を有する暴力団幹部であって、これまでの行状が芳しくないばかりか、自己が覚せい剤取締法違反で逮捕されるや、反省して自重するどころか、けん銃を提出するような素振りをして、留置場内で自己や内妻を優遇するように警察官を仕向け、あまつさえ判示第一の犯行を企て、右犯行後に自己の保釈請求が却下されるや、警察官が自己の保釈に向けて何の努力もしなかったと騒ぎ出すなど、その傲慢さには目に余るものがあり、被告人Bの遵法精神の欠如は顕著である。

なお、本件犯行は、被告人Aの言動に誘発されたものであり、被告人Aの協力がなければなし得なかったばかりか、被告人Bがかかる犯行に及ばなかったこと、被告人Bは、現在では自己の非を素直に認めてよく反省していること、所属する暴力団組織から除籍処分を受け、服役後は正業について更生する旨誓約していること、被告人Bは現在服役中の懲役一年一〇月の刑と併せて本件の罪についても服役せざるを得ないことなどの諸事情も認められる。

六  以上の諸事情を総合考慮して、被告人両名に対して、それぞれ主文の刑とした。

よって主文のとおり判決する。

(求刑、被告人A・懲役二年、被告人B・懲役一年六月、けん銃等の没収)

(裁判長裁判官 奥林 潔 裁判官 廣瀬健二 裁判官 後藤充隆)

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